島原半島物語

島原半島物語

7/68/6までの1ヶ月間、長崎県の島原半島という場所で

暮らしていました。

 

島原半島は東京から飛行機のって空港から車で2時間半かかる所にあります。

日本の中でも東京から、かなり遠い場所の一つです。

 

このタイミングで島原半島に行った、一番最初のキッカケになったのは

コロナの影響でした。

 

3月までギターとウクレレとボイトレの教室をやっていて

生徒は全部で30人近く増えて成長していました。

 

しかし、コロナの影響からレッスンができなくなって教室はお休みになりました。

オンラインでも、できる範囲で移行はしたけどね。

やっと安定してきたと思っていたから、まじできつかったなー!

そんな中、ライブやイベントの仕事も全部中止になって自分のやってきたことで貢献できない状況が続いて、すごく不甲斐ない気持ちになった時期でした。

 

僕にとって音楽できない時間というのは、とても精神的ストレスが強くかかるんだなと再認識しました(笑)

緊急事態宣言が解除され、お店が営業再開して、もしかしたら少し演奏できるかもしれないと思い

Facebookに「関東で演奏させてもらえるお店ありませんか?」と投稿したんです。

関東近辺のお店は演奏できる場所は一つもなく、唯一「島原に歌いにきませんか?」とオファーを頂いたんですよね。

 

四年前くらいから、年に1回ずつくらい歌わせて頂いていたのですが、かなり久しぶりに伺わせて頂きました。

まだこの頃はコロナも出てなくて、久しぶりに演奏できること、音楽で笑顔になってくれている姿を見れたことが本当に嬉しかったんです。

そして、素晴らしい海の景色と雲仙岳などの大自然のエネルギー。美味しすぎる料理。何より温かい街の人たち。

そこに改めて感動して、何か喜んで貰えることがしたいと思いました。

 

一度東京に帰って、やっぱりもっと島原半島の魅力を知りたい。

島原半島の人たちが喜んでくれることをしたい。

そう思い、長崎島原半島に行きました。

最初のキッカケはコロナだったけど、島原半島の人に喜んで貰えることがしたいと思うようになりました。

何が起こったかは、少しずつブログなどで更新しようと思います。

いろいろありすぎて、一つの記事に書ききれないです(笑)

 

住居も、仕事も、交通手段も決まってなくて、片道の飛行機のチケットしかなかったけれど

たくさんの人たちが助けてくれて、たくさん学べた1ヶ月でした。

長崎で地域の人と仕事もしてみたり、いろんな文化を体験させて貰いました。

そして、島原半島では、使われていない古民家がたくさんあり、そこも拠点の一つとして

暮らすことを考え、契約寸前までいきました。

 

 

部屋数12個くらいあって、駐車場4台停めれて蔵もあるし庭もめちゃめちゃ広い大豪邸の古民家でした。

しかし、流れが止まったというか、自分という人間を考えた時に、どデカイ古民家を持って管理しながら生活するのは合わないと思ったんですよね。違う形で島原半島に貢献しようと思いました。

 

そして

①島原半島の曲を作って魅力を届けるプロジェクト

②島原半島の名産品のCMソングを作って魅力を届けるプロジェクト

を始めて、2曲完成しました。また歌を発表します。

 

 

今後も島原半島の人たちに喜んで貰えることや、魅力を微力ではありますが

していこうと思っています。

 

今は東京に戻ってきて、次の準備をしています。

やはり作品を作っていくこと、音楽の楽しさを伝えることは僕の生きがいみたいで

 

①色んな素晴らしい場所に行き、曲を創ること

②レッスンを通して、音楽の魅力を届けること

をやっていきます!

島原半島物語の本当にたくさんのことを学べてよかった。

お世話になった皆さん本当にありがとうございました。